2016年10月09日

ざんげの値打ち「まず一献」

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「酒一杯にして人酒を飲み、酒二杯にして酒酒を飲み、酒三杯にして酒人を飲む」

酒の格言数あれど、言い得て妙とはこのことか。
小生、現在後期高齢の無職、酒歴はざっと50有余年。酒癖はご想像におまかせするが、人畜無害はちょっと言い過ぎかと思う。(笑)

高校卒業までは酒との付き合いはほとんどない。ただ小学校にあがるかあがらないかの頃、祖母が晩酌用に隠してあった「赤玉ポートワイン」なるものにこっそり手を付けたことがあった。ブドウ酒だが酒にはちがいない。こともあろうに興味本位で甘苦いそれを、さも水の如くごくごくと飲んでしまったのである。
目が覚めたら家じゅうの者が私の顔を上からのぞき込んでいた。酔って裏の空き地で寝込んでいるところを見つかってしまったようだった。きっとこの子は父親に似て大酒飲みになるに違いない、家族皆が顔見合わせてそう思ったに違いない。
しかしあのほろ苦い記憶は私の酒デビューの思い出として、今は亡き祖母や両親の顔と一緒に折にふれてふと心に浮かんでくる。
本格的な酒との出会いは、東京の大学に進学した十代の終わりの頃である。サークルに詩吟部を選んだ。確たる動機もなかったのだが、部員勧誘のデモンストレーションでひときわ大きな声の合唱というか、雄たけびというか、それは詩吟部の合吟という部員全員で詩吟を詠うものだが、その迫力に圧倒されついつい入部した次第だった。
当時詩吟部は文系サークルの中でどちらかというと体育系の雰囲気が漂う部で「四年神様三年天皇二年人間一年奴隷」の世界である。
入部早々歓迎コンパなるものが開かれる。神田あたりの安い小料理屋だったろう。二階の和室で我々十人足らずの新入部員は正座して先輩たちを待つ。やがてがやがやと足音高く先輩たちが入ってきてたちまち部屋はいかつい学ラン姿でいっぱいになった。
挨拶もそこそこに宴会が始まる。さもなく我々新入部員の前に二年とおぼしき人が一升瓶とどんぶりを抱えて座った。歓迎の儀式の始まりだ。さあ、とどんぶりを差し出して私の隣の新入部員になみなみと酒を注いだ。並みいる先輩たちは静かにその様子を見守っている。躊躇している新入部員にその先輩は笑顔で「さあ」と促す。しかし先輩の眼は笑っていなかった。大柄で童顔の新入部員は四苦八苦しながらもようやく全部飲み終えた。次は私の番だ。どんぶりが空にならないと次に回せない。意を決した私は目つぶりなみなみのどんぶり酒を一気に胃の中に押し込んだ。何杯どんぶり酒を飲み干したか定かでないがそのあとプッツリと記憶が途切れてしまった。あくる日、終日布団の中でのたうち回っていたのは言うまでもない。
当時酒と云えば日本酒かウイスキーが主流だったが詩吟部のコンパは日本酒オンリーである。コンパの席で神様の四年生は、目を細めながら味わうように杯を口に運んでいる。すでに得も言われぬ風格があった。ひたすらはしゃいだり怒鳴ったりしているのは「人間」の二年生。「天皇」三年も酒に酔って崩れるような様子はなかったと思う。酒がまわると歌が出る。カラオケなどない時代、手拍子だ。
コンパの席で必ず出てくる歌があった。三橋美智也の「武田節」、甲斐の山々陽に映えて…で始まるこの歌は歌の間に「風林火山」の詩吟が入っていて定番の歌であった。そして二番目によく歌われた歌が男の酒の歌「まず一献」だったと記憶する。当時村田英雄が歌っていたとは全然知らなかったが覚えやすくていい歌だった。ご存知の方も多いことと思うがここに引用させていただいた。

「まず一献」 作詞:西沢爽、作曲:船村徹

一、男の酒の嬉しさは 忽ち上る意気と熱 
  人生山河険しくも 君杯を挙げ給え
  いざわが友よ まず一献

二、美人の酌に酔えばとて 今宵は今宵何か言う
  男は明日に生きるもの 君杯を挙げ給え
  いざわが友よ まず一献

三、秋月影に酌むも良し 春散る花に酔うも良し
  あわれを知るは英雄ぞ 君杯を挙げ給え
  いざわが友よ まず一献

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今日は吾が青春の「酒デビュー」を私の拙い文で綴らせていただきました。
最後までお読みいただき有難うございました


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posted by いこい at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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