2016年10月11日

ざんげの値打ち「青春のほろ苦い酒」

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「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」

私が酒で連想する歌と云えば若山牧水のこの歌と、種田山頭火の「酔うてこほろぎと寝てゐたよ」の句である。いずれ劣らぬ素晴らしい酒の賛歌、秋の夜長にこの歌を口ずさみながら飲るのもなかなかのものである。

上京して大学進学のために兄のアパートに一年ほど居候をしていた。東京オリンピックが開催された年であるから今からもう半世紀も前の頃の話である。
その年の受験は志望校に見事に失敗して余儀なく浪人生活をおくることになる。予備校初日の前夜、兄が仕事を終えて洋酒の瓶を一本ぶら下げて帰って来た。「オイお前の首途を祝福してやろう」スルメをかじりつつ、二人でこれからの事などを話しながら飲み始めた。
洋酒を口にしたのは勿論その時が初めてで、酒の飲み方などまだ全然知らない無垢な私はその洋種をオンザロックでグイグイ飲んだ。程度をわきまえていない呑み方だから当然程なく轟沈する。
次の朝、アパートのあった早稲田鶴巻町から都電の十五番線で水道橋の予備校に辿り着けたのも不思議なぐらい、体中にまだ酒は十分に残っていた。教室の椅子に座るや否や試験用紙が机の上に置かれた。いきなりのテストだ。しかしテスト用紙の文字がかすんで見えない。やっとの思いで自分の名前を書いたとたん机にうつ伏せになりそれきり動けなくなった。
目が覚めるとベッドの横に若い女性が心配そうに立っている。「しまった!」そう、救護室に運ばれてしまったのです。「気分は如何ですか?」私はもう恥ずかしさにろくに返事もできない。差し出されたコップの水を一気に飲み干すと「大丈夫です、すみませんでした」逃げるように部屋を出ると「ア、靴を忘れてますよ」と女性が笑いながら追いかけて来た。一層恥ずかしさが増して来て、まだ赤みの抜けていない顔をなおさら真っ赤にして校舎を足早に後にした。
そのあとしばらくの間、黄昏の神田界隈を彷徨った。青春のほろ苦い酒の思い出。

あの時の洋酒はたしか「サントリーブランド―ル」と云ったか、あれ以来口にしてないがブランデーもどきだったのだろうか。(笑)

大学に入ってさまざまなアルバイトをした。授業そっちのけで、当時新宿の下落合にあった学生援護会というアルバイト斡旋所に足しげく通ったものである。
そこには求人の張り紙が壁いっぱいに貼り出されていた。手順は自分の希望する職を記入した申込書を窓口に提出し先着順にアルバイトを斡旋してもらう、そんな仕組みだった。。
学生時代の数年間に経験したアルバイトの数だけでも短期、長期あわせて五十はゆうに超えていたと思う。その中でも短期、特に一日だけのアルバイトは比較的ギャラが良かった。
今思い出しても笑えるのは、日活のエキストラ。たしか夏木陽介主演のラグビー青春ものだった。犬塚弘もいた。撮影場所は調布だったかよく思い出せないが、そばに大きな川があったのを記憶している。
役柄は観客その他大勢である。学ラン姿の私は、応援席の一番前の真ん中に陣取って撮影開始を待っていた。朝早くから来てもう昼前になってもなかなか始まらない。やっと始まったかと思うと、手を挙げて歓声を上げるたった何十秒間かのシーンのリハーサルの繰り返し。そのうち私は前の晩の寝不足もあってか、ついあくびをしてしまった。それが助監督らしき人に見つかったのか、小柄なその男は目をつり上げながらつかつかと私の目の前に走って来た。「オイ君、キミほんとに学生サン?どう見ても学生には見えないヨ。一番後ろに行ってクンナイ!」私はついにスタンドの上段に押しやられてしまった。
自分でも老け顔であるのは十分自覚はしていたがあの時の屈辱感は未だ失せやらぬままである。(笑)
バイト代で「サントリーレッド」を買って帰り、夜下宿で独り痛飲した。
「あんな映画絶対見に行くもんか」後日私の話を聞いた友人が「オイ俺あの映画見て来たよ。面白い映画だったけどオマエ全然うつってなかったゼ」それを聞いた私は、まだ少し残っていたサントリーレッドを一気に呷った。

有楽町駅近くに大手のハイヤー会社があった。そこでのアルバイトは比較的長く続いた。
社員の人にも何かと良くしてもらってとても居心地のいい職場だった。当時開店したばかりの赤坂の高級ゴーゴークラブ「ムゲン」に連れて行ってもらったことなどを今懐かしく思い出す。
その会社での私の仕事は「起こし屋」なる世にも奇妙な商売である。
「今オマエどんなバイトしてる?オコシやってあの雷オコシの店?」よくそう言われた。
会社のお客さんは主に官公庁か大手の企業である。重役の孫を幼稚園に送迎するなどという話も聞いた。
乗務員は観光バスの乗務を経験したベテランドライバーで年配の人が多かった。
私は会社に夕方入って朝までの徹夜勤務である。当時学生運動の盛んな時期で大学も開店休業の時代である。朝早い時間の予約のあるドライバーを予約時間に間に合うよう起こして回る、それが「起こし屋」である。
地下の大部屋には数十名のドライバー達が寝ている。壮観な光景だが、中年の男ばかりが集団でいびきをかいて寝ている所には、仕事でなければあんまり立ち入りたくないところではある。
暗闇の中懐中電灯の明かりをたよりに起こす相手を探すのも馴れるまでは時間がかかる。はじめのうちは起こす相手を間違えてばかりで何度も怒鳴られた。
「○○さん時間ですよ」声をかけると大体たいていの人は素直に「ハイ」と起き上がる。そして私はまた一階の事務所に戻って次の人の時間が来るまで待機する。
しかし中にはその「ハイ」という返事が信用できない人が若干名いた。特にAさんの二度寝癖には何度も泣かされた。時間ぎりぎりになっても姿が見えない。慌てて地下まで駆け降りると案の定の高いびき。以後私は要注意人物ののAさんが完全に制服に着替えるのを見届けるまではその場を離れないようにした。
おそらくAさんには寝酒の習慣があったので寝覚めが悪かったのだと思う。現在では飲酒に関する交通法も当時とは比べようもないくらい厳しくなっているので、どこの会社もおそらく乗車前夜の飲酒は禁じられているかもしれない。

以前山口瞳氏の「酒飲みの自己弁護」なる本を繰り返し読んだ。うなずきながら、笑ってヒザをポンと叩きながら…。「トリスを飲んでハワイへ行こう」の名コピーを生み出した、氏のサントリー宣伝部時代の取材エピソードや、酒飲みの本質を見事に描きあげた珠玉のエッセイは一押しの書です。たしか文庫本で出ていたと思います。

急に涼しくなって朝晩は肌寒いくらいですが皆さまも秋の夜長、「こほろぎと寝たり」してお風邪など召しませぬよう(笑)お過ごしください。今日も読んでいただいて有難うございました。








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posted by いこい at 03:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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