2016年10月18日

ざんげの値打ち「下駄を鳴らして奴が来る」

下駄を鳴らして奴が来る 腰に下手ぬぐいぶらさげて 学生服にしみ込んだ 男の臭いがやってくる ああ 夢よ良き友よ おまえ今頃どの空の下で 俺とおんなじあの星みつめて 何想う

古き時代と人が言う 今は昔と俺は言う バンカラなどと口走る 古き言葉と悔やみつつ
ああ 友と良き酒を 時を憂いて飲み明かしたい 今も昔もこの酒つげば 心地よし
ー吉田拓郎「我が良き友よ」-

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学生の頃の話に戻る。アルバイトで新聞配達をした。新聞屋の朝は早い。午前三時頃印刷所から新聞を積んだトラックが到着する。真冬の早朝、広い板の間で折込みのチラシを入れる作業は今思い出しても寒さで身震いがする。
渋谷区にあったそのA新聞の販売所は都内でも大きな規模の店だった。そこには当時アルバイト生が二十数名、専従の配達員が一家族住み込んでいた。学生ばかりではなくいろんな人種が入れ替わり立ち代わり、出はいりも激しかった。販売所の敷地内にあった薄い板で仕切られた寮とは名ばかりの、六畳間に二人か三人の相部屋は寝るだけの空間である。様々な人種がいわば同じ屋根の下で、同じ釜の飯を食う、今考えるとなかなか面白い一時期を過ごしたと思っている。
ある日小柄ながらがっちりした体格の若者が新しく入って来た。九州出身で名前をMと云う人なつこい顔のその男とすぐに親しくなった。彼の話によると、自分は高校の三年間サッカー漬けの生活で、県のベストイレブンにも選ばれ、いま高校の先輩からウチの大学に来い、としつこく勧誘を受けているのだが、最近”サッカー馬鹿”の自分がとことんイヤになって、その先輩から逃げて来たのだ、と笑いながら話した。
そして一から勉強を始めて自分の学力で大学に入りたい、と真剣な眼差しで語りかけてくる。彼の願いを叶えてやりたい、そんな思いにも駆られた。
 一年ほどでその新聞屋を辞めた私は、京王線の仙川駅の近くに間借り生活を始める。閑静な住宅地で近くには武者小路実篤が住んでいた家もあると聞いた。
三畳一間だが新聞屋の寮に比べると、ずいぶんましな気分であった。昭和四十年の頃、間借りの家賃の相場は一畳につき千五百円位だったからおよそ一か月五千円位で借りていたと思う。
運の良いことに駅構内にアルバイト募集の張り紙を見つけた私は、すぐさま事務所に行って翌日からの仕事にありついた。冬季限定の「尻押し」。文字通り人のお尻を押してお金をいただく商売。(笑)
朝のラッシュアワーの二時間ぐらいだったろうか、真冬の着ぶくれは満員電車に輪をかける。次の電車を待てない客が無理を承知でぎっしり詰まった車内に首だけ突っ込んで体をねじらせ、乗り込もうとする。当然ドアが閉まらず電車は発車できない。「尻押し部隊」の出番である。少々の力では押し込めない。両手で押してもびくともしない、仕方がないから少し反動をつけて体でぶつかる、すなわち体当たり作戦に出るのである。結構な肉体労働ではあった。そしてそれが終わるとホームの待合室で火鉢で体を温めながら次の電車を待つのである。
大家は大手の会社を定年退職し、奥さんと娘三人の五人暮らしである。ある朝私が仕事終えて帰宅すると、大家のオジサンが「おう、朝帰りか」と意味ありげな言葉を投げつけた。私は幾分ムッとして「いえアルバイトです!」。オジサンは半分疑いの眼で「アそう、ご苦労さん」。疲れがドッと来た。
程なくMが新聞屋を辞めて私の三畳間に転がり込んできた。私には彼の熱意が十分分かっていたので、なんとか手助けをしようと決めていた。だから自分の居場所が一畳半になってしまっても大して苦にはならなかった。
アルファベットもほとんどままならない彼に、大学はほとんど無理だろう、当初私自身は心の中でそう思っていた。志望校はH大学だという。とりあえず参考書とかをそろえて私なりにアドバイスをしながらの受験戦争が始まった。まったくゼロからのスタートで、受験までの半年間彼はほとんど睡眠をとらずに頑張りとおした。サッカーで鍛えた体力と精神力の凄さに私は驚かされ続けた。そして運命の合格発表の日、私は酒屋で「サントリーオールド」二本を私の全財産をはたいて買い、部屋で彼の帰りを待っていた。
彼が帰って来た。ドアを開けた彼の顔がゆるんだ。「オイやったのか!」「ハイ落ちました!でも頑張ります、来年は絶対合格します。有難うございました!」そう言ってMは私に深々と頭を下げた。
グラスに口をつけた瞬間、二人とも声をあげて泣いた。落ちたから泣いたのではない。頑張ってここまでこれた、奇跡の頑張りに共に涙したのである。
「ダルマ」の一本目はすぐ空になった。ウレシイ酒だった。彼はその言葉通り翌年見事にH大に合格した。

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この話には後日談がある。ボトル二本も空けた後の事は想像に難くない。いわゆるゲロをしてしまったのである。しかも部屋の中で…。完全に酔いが覚めてないときの判断は命取りになる。あろうことか、大量の汚物を新聞紙にくるんでそのまま便所に落とし込んだのである。その便所は当然大家の家族も使用する訳で、事態は最悪の結末を迎える事となった。翌日私は大家のオジサンから呼び出しを受ける。
「ご存知のとおりうちには年頃の娘が三人いる…」で始まって早い話二人は部屋を追い出されてしまう羽目になりました。
ウンの尽きなのかオチがついたのか分からない話になってしまいましたが、「下駄を鳴らして奴が来る」今日もざんげの、これまた青春のほろ苦い酒になってしまいました。
本日もお読みいただき有難うございました。


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posted by いこい at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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