2016年10月26日

「まな板ショー」と剣菱一級

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昭和四十年代の一時期、高校時代の友人と東中野の商店街にある八百屋の二階に間借りをしていた。
細長いその商店街は活気にあふれていて、夕方には大勢の買い物客でいつもごった返していた。
六畳の部屋はさしたる家具も持たない貧乏学生には十分な広さである。ある暮も近い寒い日、悪友が遊びに来た。三人とも同じ高校の仲間でそれぞれ大学は違うが気の合う遊び友達である。
「オイ、ストリップ行こうか」遊びに来たTが二人に云う。東中野の駅近くに新しい劇場がオープンしてなかなか評判がいいらしい、是非一緒に行きたくて今日来たのだと云う。夜はスナックのバーテンのアルバイトをしていたTはその道では二人より遥かに通で、ある意味一目を置いていたので誘われるままついて行った。
うぶな私はさして興味もない顔つきをしながらも、内心はこの初体験を前に踊る心を抑えきれない。
残り少ない全財産をポケットの中で握りしめながら、あとの生活の事はさておいて目の前のおのれの欲望に操られるままになっていた。
店内に入ると薄暗い中をピンクの照明が駆け回る。妖しげな音楽が流れる中、すでに大勢の客が所狭しと開演を待っている。暗い客席の中やっとの思いで空席を見つけて座った。客席はいやに静まりかえっている。その静寂は開演のアナウンスが始まった途端すざましい拍手と歓声にとって替わった。幕が開くや否や客席のあちこちから男たちが舞台の裾に猛ダッシュした。「かぶりつき」である。
踊り子たちのラインダンスのあと、メインのショーが始まった。一枚一枚脱いでいく踊り子にその都度掛け声が飛ぶ。このあとの詳細については記事の品格維持のため(笑)ご想像におまかせしたいが、やがてショーも佳境に入ってその日のメインイベント「まな板ショー」の時間が来た。「まな板ショー」とは客を舞台に上げて踊子さんと良からぬ事をすることを意味する。大勢の客が元気に「ハイ!ハイ!」と手を挙げ踊子の指名を待つ。
となりのTも立ち上がって大きく手を振りかざしている。すると「はぁーい!そちらの学生さんイラッシャーイ!」
踊子がTを手招きした。幸運の矢がTにささったのである。
客たちの羨望のまなざしと歓声が我々の方に向かった。私は恥ずかしさで顔を伏せていたがTはすでに学生服のまま舞台に上がっていた。こちらを見て笑顔で手を振っている。あとで解ったのだがTがわざわざ学生服で来たのは踊子の指名を受けるための作戦だったのだ。二人はあらためて遊び上手なTに感服したのであった。
当時東京都内のストリップ劇場はきびしい規制があり、川を渡って隣の県の船橋まで足を延ばした記憶があるようなないような…。(笑)

素晴らしい芸術鑑賞のあとは、さて一杯飲もう、となる。残った小銭をかき集め酒屋で「剣菱一級」を買い部屋に帰った。ツマミを買う金はもう残ってはいない。仕方がないので私は二人に酒の「燗つけ」を頼んで、下の八百屋に野菜の調達に行った。家賃と一緒に払うからと云っていくつかの野菜を仕入れ、ツマミに野菜炒めでも作ろうとそそくさと階段をのぼる。部屋に入ると二人が呆然と畳に座り込んでいる。嗚呼!こたつの上のガスコンロの鍋の中で「剣菱一級」が無残にも真っ二つに割れているではないか。「アー アー」私は叫び声をあげ手に持っていたキャベツを放り投げて動けなくなってしまった。
なんと二人は熱湯の中で瓶ごと燗をしてしまったのである。
「カンチガイ」などと駄じゃれで済まされようか。いくら二人が「ざんげ」をしても剣菱一級は鍋の中で文字どおり水の泡と化していたのである。
この哀しい事件は私の「酒人生の重大事件」の中でもかなりの上位にランクされている筈である。

ちなみに「剣菱一級」のラベルは右から読み特級は左表記だと聞き憶えていたのだが、事実かどうかは自信がない。剣菱は一級の方が特級より人気があったように記憶しているが、近年焼酎党なので最近の日本酒事情をよくは知らないでいる。

東中野商店街でのそのころの記憶の中に私の脳裏を離れないことがもう一つある。
それは地震の記憶である。時間帯は定かではないが昼間であった。商店街を歩いている時ふいに目の前をキャベツやスイカやミカンなどが道路にポンポンと転がりだした。一瞬夢なのかと目を疑う。やがてアスファルトが向こうからこちらに向かって波を打ってくるのがはっきりと見えた。震度五くらいだったかと思う。今でも私の心の中には、左右の店から道路中央に飛び出した野菜や果物がスローモーションで再現される映像だけで、恐怖感のイメージがみじんも残っていないのである。五十年も前の東中野の思い出である。機会があれば是非もう一度行きたい街だ。


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元気でいるか 街には慣れたか 友達できたか 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る

手紙が無理なら 電話でもいい 金頼むの一言でもいい お前の笑顔を 待ちわびる
お袋に聴かせてやってくれ

山の麓煙はいて 列車が走る 木枯しが雑木林を 転げ落ちてくる
銀色の毛布つけた 田圃にぽつり 置き去られて 雪をかぶった 案山子がひとり
お前も都会の 雪景色の中で ちょうどあの案山子の様に
寂しい思い してはいないか体をこわしてはいないか ーさだまさし「案山子」-




この歌を聴くたび、青春の情景が目の前に浮かんできてホロっと来たりします。そんな青春の思い出話でした。読んでいただきまして有難うございました。



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posted by いこい at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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