2016年11月02日

新宿「灯」・「マッチの明かり」

夜霧のかなたへ 別れを告げ 雄々しきますらお いでてゆく
窓辺にまたたく ともしびに つきせぬ乙女の 愛のかげ

戦いに結ぶ 誓いの友 されど忘れ得ぬ 心のまち
思い出の姿 今も胸に いとしの乙女よ 祖国の灯よ - ロシア民謡「灯」ー


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「月がわびしい路地裏の屋台の酒のほろ苦さ 知らぬ同士が小皿叩いてチャンチキおけさ~」
三波春夫の唄のような風景は今はもう見ることがない。
カラオケの出現で我々日本人の酒の飲み方は大きく変わってしまったと云っていいだろう。
いわゆる酒宴という交流の場は或る意味付き合いの場でもあった。
会社でも一年の中で新年会に始まり忘年会に至るまでの間に、歓送迎会だの花見だの、社内旅行や仕事の打ち上げ、「日本全国酒飲み音頭」じゃないけれど、年から年中宴会三昧だったような気さえする。
会社が退けると「オイ行くぞ」と上司が部下をニ三人引き連れて屋台や飲み屋をはしごする。延々と仕事の話で酒癖の悪い上司を持った部下は憐れなものであったが、勘定は上司のおごりだし、会社員として「付き合い」の酒は至極当たり前の時代だった。
宴席でも上司にお酌に回り、お流れを頂戴して恭しくいただく盃はまさしく完全な「付き合い酒」そのものであった。
どんな酒宴でも佳境に入ると不思議に歌にはいる。
カラオケ機器が出現するまでBGMは全員の手拍子であった。定番の曲が次から次へ出て来て合唱と手拍子で宴たけなわとなっていく。

同じ合唱でもがらりと雰囲気が異なる真面目な合唱の場が昭和三十年代から四十年代にかけてあった。
西武新宿駅近くにあった「歌声喫茶 灯」での話である。
やや薄暗い中、独特の熱気であふれた店内は若い男女がひきめしあっていてテーブルはほぼ満席だった。
中央のそんなに高くない舞台にリーダーがアコーディオンを弾きながら登場すると客は全員横に細長いハガキ大くらいの歌集を手に立ったまま始まりを待っている。
やがてリーダーにつづいて合唱が始まる。「リーンゴノ ハナホコロービ カーワモーニ カスミタチ」
カチューシャの歌やともしびなどのロシア民謡、山男の唄、雪山賛歌、若者たち、ゴンドラの唄などの名曲を次々に全員が一体となって歌いその一体感に酔い、時を忘れるそんな癒し系の歌う場所だった。
「灯」という合唱団の一員となって歌った連帯感。歌い終わった後にそんな感じが味わえる空間でありそんなひと時だったと思う。
酒なしで歌うことなど想像だに出来ない私にとって、「ハイボール」一杯で十数曲を歌いこなした「灯」での思い出は今となっては私の金字塔(?)と云っても言い過ぎではない思い出である。

新宿と云う街は田舎出の学生の私にとって「群衆の孤独」を味わわせるに十分すぎる街だった。
「彷徨」の街としての新宿は私に迷路を与え続け、その刺激に従順に従い続けた一青春の時期だったのかもしれない。
屋台でニ、三杯の酒をあおって歌舞伎町あたりをふらついていると、夕闇に小さなテントが見えた。
その小さなテントの横で女の人が私を手招きしている。
あやしげなテントの女の微笑みにつられ、私は近づいた。マッチ棒片手に女は「遊んでいかない?」と誘いをかける。
酔いも手伝って私の欲望はやすやすと女の誘いにのってしまう。
つまりはマッチ一本が燃えている間、そのマッチの明かりで女の下半身を覗かせてくれるという商売である。
マッチ一本の値段がいくらだったかも今では覚えてはいないが、私の懐ぐあいから換算しても結構な値段だったとは思う。
薄暗い小さなテントの中で、どうぞとばかりにマッチ売りの少女、いやマッチ売りのオバサンはヒョイとスカートをまくり上げた。
マッチの火は数秒で消えた。マッチ売りのオバサンは二本目のマッチを私の目の前にに差し出していた。
厚化粧が剥げかけたその顔を見て、私はテント小屋から逃げるように立ち去った。
歌舞伎町を霧雨が覆ってひんやりとした空気の中を歩きながら、私の眼から涙がこぼれ落ちた。
急に故郷の父母の顔が脳裏をかすめ私はしばらく霧雨に濡れたまま立ち尽くしていた。

「灯」も「マッチの明かり」も私の脳の引き出しの片隅に「新宿のキーワード」として赤々と横たわっている。




汽車を待つ君の横でぼくは時計を気にしてる

季節外れの雪が降ってる

「東京で見る雪はこれが最後ね」とさみしそうに君がつぶやく

なごり雪も降る時を知り

ふざけ過ぎた季節のあとで

今 春が来て君はきれいになった

去年よりずっときれいになった  

             -詞・曲 伊勢正三 「なごり雪」-



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posted by いこい at 06:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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